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正論を振りかざす人はネット上だけでない

ネット上では正論を振りかざす人がたくさん存在する。

玉石混交の意見であふれるネット上ではいくら正論を言っても(有名人でない限り)あまり意味はなく、ただの自己満足に終わる(このブログも含めて)。

 

しかし、正論を振りかざす人はネット上だけに多いのかと思いきや、現実でも結構いる。

 

スーパーの掲示板で正論を振りかざす

Fourth grade standard snapshot bulletin board 1

ボクはスーパーの入り口にある「お客様からの要望」という紙が沢山貼ってある掲示板を見ていた。(一体なぜ……?)

 

客からの要望に店長や各部門のチーフが手書きで回答する、という内容。

 

客は上から目線で好きなこと言っていてどれもこれも胸糞悪いものばかりなのだが、その中でも特に異彩を放つ意見があった。

その紙だけ文字で真っ黒で、トイレの殴り書きみたいになっている。

 

内容はこうだ。

「私はちょっと悪いことをしました(どんな悪いことかは書かれていない)。他の人も同じことをしているのに、警備員が私にだけ注意してきました。お年寄りや子供には全く注意せず、なぜ私だけなのですか? 私に注意するなら他の人にも注意すべきです」

 

なに言ってんだコイツ? となるようなレベルの低い内容。

 

警備会社からの回答が「以後、気を付けます」とパソコンで書かれた明らかにやる気のない回答。

適当な回答で流しておくのが一番だと警備会社は判断したんだろう。警備会社グッジョブである。

 

これはこれで解決。

としたいのだが、問題は周りにところ狭しと殴り書かれている手書きの文字である。

「コイツは心が狭い」

「コイツはアホ」

「皆がしていたら、自分もしていいのですか?」

「お年寄りや子供は弱者だから、代わりにアナタを注意したのでは?」

要望を書いた人もヒドイが、周りに殴り書きをしている人も大概ヒドイ。

 

この人たちは正論(そもそも正論でもない)を書いて、「自分は正しい」と思いたいのだろう。

だが、その前に掲示板の意見すべてに目を通し(この時点で正しい行いとは言えない)、間違っている意見を見るや否や、ペンを取り出し、正論を書きなぐるという行為が正しいものなのか? という疑問が発生してくる。

 

正義感が非常にイビツなのである。

「コイツは心が狭い」という悪口がニューヨークの裏路地に書かれているのならまだしも、人出の多いスーパーの入り口だ。

 

「こういう所に正論を書き込むのは正しいこと」と思っているからこそ、こんな人の多いスーパーの入り口で堂々と書き込めるのである。

「自分は正しい」と思えば、スーパーの入り口であろうが、子供の前だろうが、なんでもする。

この人たちがデスノートを拾わないことを祈るばかりだ。

 

この意見を一番目立つところに貼りつけているスーパーも腹黒い

*grins*

スーパー側もこんな客には苦労している。

「もう来なくてもいいです」と言ってもよさそうなもんだが、こういう客は本部に連絡しやがる。

 

そうなると言った人は飛ばされるか、階級を落とされる。

だから聴く価値もない酷いクレームでもペコペコと頭を下げ続けなければいけない。

このような日ごろのうっぷんが溜まっていたのだろう。

 

こんな意見は掲示板に貼りつける価値もなく、黙って廃棄しておけばいい。

しかし、スーパー側は果敢にも一番目立つ、ど真ん中に貼りつけてきた。AKBで言うと松井珠理奈の位置である。

 

「さあ、見せしめです。皆さんドンドン批判を展開してください」と言わんばかり。

 

書く人も腹黒ければ、批判する人も黒く、さらには貼りつけるスーパーも腹黒い、という関わる人すべてが真っ黒のどうしようもない掲示板だった。

ボクは暗澹たる気持ちで一日を過ごすことになってしまった。

「お客様の意見」に文句を書こうかな。

 

さいごに

 ネット上やSNSでの批判や、イジメが問題となっているが、現実世界でも至る所で行われている。

ネット上では匿名で、誰にも気づかれず、批判や悪口を書くことができる。

スーパーの掲示板に批判を書いた人は「周りに見られるかもしれない」というリスクを負っている分、ネット上での批判よりはまだいいのかもしれない。