「働きたくない」という熱い想いだけは誰にも負けない

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道路上での自転車の扱いについて、ちょっと言いたいことがある(特に年寄りドライバー)

ボクは上下関係が何よりも嫌い。

会社での上下関係、学校での上下関係、すべてが無駄だと思っている。

しかし、それ以外の場所でも身近なところで上下関係は存在する。

 

道路上だ。

一応、決まりでは「歩行者→自転車→車」となっている。

でも現実では「歩行者→車→自転車」である。

自転車乗りのボクはこのことを毎日実感している。なので、ちょっと文句を言いたい。大変言いたい。(主に年寄りドライバーに)

 

William Moran Senior

 

細い道で自転車にブチ切れるドライバー

 車の運転手は歩行者には優しいけれど、(轢いたら自分が危うくなるため)自転車には厳しい。

細い道を走っているとき、前を走っている自転車を見つけるや否や、「邪魔!」とブチ切れる。

 

 

一応言っておくが、この自転車の人は殺人を犯したとか、万引きしたとか、そのような悪いことはなにもしていない(してるかもしれんけど)。

ただ左側を走っているだけである。

 

細い道で自転車を追い抜くのはたしかに危険だ。

でも、自転車は邪魔ではない。細い道をデカい図体で走っている車の方がどちらかというと邪魔だ。

 

文句が止まらなくなってきたので、もっと言わせてもらうけど、自転車はすごく環境に優しい。動力は己の脚力のみ。

環境に優しいうえ、非常に男らしい乗り物である(乗ってるのは主婦ばっかりだけど)。

一方、車は環境に悪いし騒音も出す。

 

「細い道を走っている自転車が邪魔」と思っているのは、そのブチ切れたドライバーのみ。

道路上、いや、地球規模で見ると、明らかに車の方が邪魔なのである。

その辺きちんと理解してもっと謙虚に運転してほしい。(特にお年寄りドライバー)

 

大名並みの横暴さ「道を開けええい!」

 自転車で走っている時、後ろから車が走ってくる。当然隅に寄る。

この時点でちょっと気に入らないのだが、(なんでお前のために道を開けなあかんねん)たまにもっと気に入らないことが起こる。

 

クラクションを鳴らされるのだ。

 

これ以上ないくらい隅に避けているのに、鳴らす。

いや、鳴らされても。これ以上どうしろっつーんだよ。側溝走れってか。

 

鳴らしてくるのは、お年寄り(もみじマーク)に多い。

これは偏見じゃなく、確実に多い。データ取りたいくらいだ。

 

ちょっと言わせてもらいますけどね、あなた達は耳が遠いし、車内にいるからクラクションがどのくらい大きい音かわからんのでしょう。

 

飛び上がりますよ。近くで鳴らされたら。

こっちも油断してますからね。「隅に寄りに寄ってるからまさかクラクションは鳴らされないだろう」と。

そんな時、鳴らされるクラクションの恐ろしさったらない。普段は優しい上司が静かなオフィスで突然ブチ切れたくらいの驚きである。

 

ボクの心臓が弱かったら、もう100回は死んでる。助かったな。ボクの心臓が強くて。

 

お年寄りはできたら車に乗ってほしくない。

ブレーキとアクセル間違えるなんてことは論外だが、クラクションを気軽に使い過ぎという点でも非常に迷惑。

 

ちょっと歩行者が道を横切ってたら「プー」、自転車が走ってたら「プー」、傘を差した歩行者を見かけたら「プー」。

 

「危ないですよ」で鳴らしているのではない。「道をあけろ」という意味でならしているのだ。大名かお前らは。ついでに土下座でもしたろか。

 

こういう自己中クラクションは非常に腹が立つ。

  • 急に鳴らされて「ビクッ」とされられたこと。
  • 知らない人に「どけ」と言われたこと。

2重の怒りを覚える。クラクションを気軽に鳴らすのは是非やめていただきたいのです。(特にお年寄りドライバー)

 

できれば自転車にもお礼を言ってほしい

 対抗できないような細い道で待機してもらったとき、車同士でのお礼は当たり前のようにするが、自転車にはまったくしない人がほとんど。

 

できれば自転車にもしてほしいのです。

というか自転車にこそするべきなのです。

 

クラクションのお礼はビックリするのでやめてほしいけど、手を上げるとかで、なんらかの「感謝」の表明をしてほしい。

 

車は止まったとしてもブレーキを踏み、再びアクセルを踏めば走り出す。

消費するのは「ちょっとの時間」のみ。

 

しかし、自転車の場合はブレーキを踏み、止まるところまでは車と一緒だけど、走り出しがキツい。非常にキツい。

「ちょっとの時間」と「脚への負担」、ふたつ消費することになる。

 

自転車は走り出したらできるだけ止まりたくないのだ。走り出しがしんどいから。脚の筋肉の負担が大きい。

夏なら停止すると風を感じないので、一気に汗が噴き出す。

ボクのようなママチャリ歴25年の類まれなる脚力を持ってしても、やっぱり走り出しはしんどい。

 

「止まって道を譲る行為」は車より自転車の方が失うものは多い。

そんなリスクを負うのにも関わらず、車が通りやすいようにわざわざ止まって道を譲る菩薩のような自転車乗りの方もいる。

このような人を無視するなんてもってのほかで、本当は車から降り、手を合わせ、5分くらい祈りをささげるべきなのであろうが、そこまでしろとは言わない。

 

ただ軽く「感謝の表明」をしてくれればいいのだ。

 

さいごに

LGBT差別、女性差別、低学歴差別、色々なところで差別は存在するが、「自転車差別」は中々語られることはない。

自転車にもやさしくしてほしいです。クラクションは鳴らさないでくれ。(特にお年寄りドライバー)