「働きたくない」という熱い想いだけは誰にも負けない

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無職になると、楽しみのハードルがグッと下がって、大変良い

無職になると、金が入ってこない。当たり前だ。働いてないんだから。

 

金がないと、楽しみも無くなってしまうのではないか、と思う人がいるかもしれない。

確かに「服を買う」「友達と遊ぶ」「映画を見に行く」「デートをする」「美味しいモノを食べに行く」等の行為が一切できなくなる。そんな人生面白くないと思うだろう?

 

実は結構たのしい。なぜかと言うと、楽しみのハードルがグッと下がり、些細なことでも楽しいと思えるからだ。

 

上記の行為は、刺激が強すぎる。強すぎる刺激が続くと、もっと強い刺激が欲しくなる。それは人間として当然のこと。

 

しかし、無職になり、金が満足に使えなくなると、刺激がどんどん弱くなってくる。些細なことでも「無職にとっては刺激的」となるのだ。

今回は無職になってから楽しいと思うようになったことを紹介します。

 

Excited

 

散歩

 

仕事をしていた時の散歩はただの「運動」だった。

外回りで歩いているとはいえ、それだけだと運動不足は否めない。だから休みの日とか直帰した時とかは歩いていたのだが、あまり楽しくなかった。

 

「せっかくの休みなのに、遊びにも行かず、歩くってマジでつまんねえ…」という気持ちになっていたからだと思われる。散歩と遊びを比べているのだ。

 

しかし、無職の散歩というのは、「最大の娯楽」の一つである。金が使えないから、「遊び」と散歩を比べなくなる。

散歩は散歩だ。とってかわるモノはこの世に存在しない。散歩イズフォーエバー。

 

読書

 

無職は誰とも会わない。会話の仕方とか人間というものがわからなくなってくる。外に出ないから、学ぶこともない。このままだと退化していくのだが、これを防ぐのが「読書」である。

 

読書は仕事をしながらだと中々しにくい。忙し過ぎるからだ。

無職だと時間は沢山あるので、いくらでも読める。今まで読んだことのなかった本にまでチャレンジできる。それが意外と面白かったりして、大変よろしい。

 

耳掃除

 

 仕事をしていると、毎日顔を洗う。その時に耳掃除は言わば義務として行う。しかし、無職になり外に出なくなると、毎日顔を洗う必要がなくなる。よって耳掃除もしなくなる。

 

毎日していると、当たり前の行為でしかないが、たまにするとかなり気持ちよく、これも娯楽のひとつとなる。

耳掃除は溜めてからするのが、本来なのだと思う。

 

部屋掃除

 

部屋掃除は「部屋をきれいにするため」にする行為だと一般的に言われているが、無職の掃除は「心をキレイにする」行為だ。した後は非常にスッキリする。会社に言われてする掃除とは根本的に意味が違ってくる。

 

仕事をしている時は休日に掃除をしていたのだが、遊びに行く前に「ホコリだらけだから、仕方なくする」ものであった。

 

今は、「心をキレイにするための掃除」だ。トイレ掃除をすると別嬪さんになると、昔誰かが言っていたが、本当にお肌のハリもよくなってきた気がする。(気がする)

 

ご飯を作って食べること

 

仕事していた時は、給料もそこそこあったため、外食ばっかりだった。

外食ばっかりだと身体によくないので、一応自炊もするのだが、「体のため、仕方なく自炊する」と渋々やっていた。そんな気持ちで作る料理が美味しいわけがない。

 

今は、「金がないから自炊をする」ということだが、どうせなら金をかけずに美味いもん食ってやろうと以前とは心持が全然違う。

 

時間があるなか、丁寧にする料理は大変おいしく、また腕も上がっていく。無職になることで料理の楽しさを知ったのだった。

 

さいごに

 

富裕層なら富裕層なりの楽しみ方

中間層なら中間層なりの楽しみ方

無職なら無職なりの楽しみ方

「こうなったらおしまいだ。楽しいワケがない」なんて決めつけてしまうのは、よくないこと。

そうなったらそうなったで、新しい楽しみを見つけるものだ。人間楽しまないと損だからね。