「働きたくない」という熱い想いだけは誰にも負けない

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面白くない冗談 笑うべきか…

表題の投書が朝日新聞に載っていた。16歳の女子高生だ。

 

内容を要約すると…

先生がクソつまらん冗談を言ったから、面白くないけど、空気を壊したくなくて笑った。でも、面白くないことで笑ったら、自分にウソをつくことになる。笑わなかったら、空気を壊す。どっちも大切だけど、どうしたらすべきなのか?

 

これはボクみたいな無職のオッサンでも答えはわかるよ。

いいかい。女子高生のキミ、よく聴くんだよ。

 

とりあえず笑っとけばいいんだ。面白くなくても笑えばいい。笑えば健康に良いとか、そんなポジティブな理由じゃない。

 

皆が笑っているのに、笑わないようなヤツは社会から放り出されるからだ。

 

Smile

社会は愛想笑いで動いているんだよ

 

今回、しょうもない冗談を言ったのが先生なので、まだそれほど問題じゃない。面白くなければほっぺたでも張ってやればいい。

 

でも、大人になると冗談を言う人が先生じゃなく、上司や取引先やお客さんなど、立場が上の人になる。

この人たちが仮に面白くない冗談を言ったとして、キミが何の反応も見せず、押し黙っていたとしよう。

 相手は気を悪くする。キミに怪訝な顔を見せ、心の底では「空気を読めないヤツ」というレッテルを貼る。

 

自分の渾身の冗談がウケなかったから気を悪くするんじゃない。普通に考えたら、目の前ひとり笑かすことができないクソつまらん冗談を言う方が悪いんだけど、社会では「笑わない方が悪い」とされる。

立場が上の人が、下の人に言う冗談は絶対笑わなくちゃいけないんだ。

 

これは笑かすため、というよりは「自分が気持ちよくなるため」の冗談だから、タチが悪いんだけど、言われた方は相手のためにもしっかり笑ってあげなくちゃいけない。

いわゆる“愛想笑い”だね。街に出るとこんな光景が至る所で見られる。

 

社会は愛想笑いで動いている、と言っても過言ではないよ。

 

社会人は面白くないのに、笑うのが仕事なんだ

 

社会というのは基本的に面白いことなんて、ひとつもない。

心の底から笑えるときは上司が左遷されたときぐらいで、その他は皆無といっても言い過ぎではないんだよ。こんなところで本当に笑えると思うかい?

 

キミは大阪市に住んでるみたいだから、淀屋橋とか新大阪などのビジネス街に行ってみるといい。

サラリーマンが皆スーツを着てニタニタニタニタ笑ってるが、アレは99%が愛想笑いだ。皆、自分にウソをついて、面白くもないのに笑っている。それが普通なんだ。それが社会なんだ。

 

「酔った勢いで上司のカツラをつかんで、道頓堀にブン投げてしまった」という笑えない状況でも、なんとか歯を食いしばって笑いながら、仕事に向かう。これが立派な社会人というものなんだよ。

 皆が自分に正直で、本当に面白いときしか笑わないとしたら、社会はエライことになる。誰も笑わない。それでは仕事もうまくいかない。

 

社会というところは正直に生きられないところなんだよ

 

キミは「自分に正直に生きるのも大事」と言っていたね。

確かに理論上は大事だ。道徳の授業でも習うし、本屋に平積みにされている自己啓発書でも、一応、「自分に正直に生きましょう」と言うよ。

 

でもそれを本当に実行しちゃったら、どうなるか。多分社会に出て2か月くらいで閑職に追いやられる。社会から放り出されるという、どうしようもない状況になってしまうんだよ。

 

会社の偉い人や政治家なんかは偉そうに「正直に生きましょう」とは言うけど、それは建て前。

本音では「自分の考えを持つなど笑止。オレの言うことだけ聞いていればいい」と従順な奴隷になることを皆に強いているんだよ。それは研修とか上司の振る舞いなんかでなんとなくわかってくるものなんだ。

 皆、口ではいいことしか言わない。だから世にある言葉はポジティブなものばっかりなんだけど、それは全部建て前だ。

 

心の底では社会的な抹殺のし合い、罵り合い、利用し合い……。とにかくキタナイことで渦巻いている。こんなところで、自分に正直に生きたらどうなるか、なんとなくわかるね。

 

「自分を殺して生きていく」これが社会人というもの。

だから、学生のときから「自分を殺して、空気を読む」ことを練習しておいた方がいい。

その先生は多分またクソつまらんギャグとか言うかもしれないけど、とりあえず笑っておくに越したことはないんだよ。