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すごい人の言うことをすべて「すごい」と思うのは、良くない

「夜の底が白くなった」

川端康成の小説『雪国』、冒頭の名文である。

何回見ても意味がわからん。夜の底?夜なのに白くなる?

皆、偉そうに「この比喩表現はすごい」と言うが、何がどうすごいのか?

解説呼んでもしっくり来ない。

 

これは川端康成という文豪が書いたものだから、皆揃って意味もわからず「すごい」と言ってるだけなのではないか。

仮に川端康成が小説の冒頭に「うんこが好きだ。とても好きだ」と書いたとしても、多分周りは「何か意味があるに違いない」と深読みしてくれるハズだ。

すごい人は何も言っても「すごい」。

 

Metal Men: Gold (3/7)

 

言葉自体に価値はない

 

すごいセリフとか言葉は「すごい人が言う」からすごいのであって、その言葉自体に価値があるとは思えない。

 

この前のホリエモンのツイッター問題

 

新幹線グリーン車なう。前の席のクソ野郎がおれが寛いでいるにも関わらず一々「席を倒していいですか?」と聞いてきやがる。ウゼエ。勝手に倒せや。そうやって何でもかんでも保険かけようとすんなボケ

 

 

これも言葉自体に何の価値もないけど、なぜか「いいね」が何千もついてる。

 

これをツイートしたホリエモンに対しての文句はないけど、問題は「いいね」を付けた奴らだ。

本当にコレ良いと思ってんのか?ホリエモンが言ったから、何も考えず「その通りだ!」と思っただけじゃないの?

 

このツイッター問題で何よりダメなのは「席を倒していいですか?」と聞いて何でもかんでも保険かけようとする人の存在じゃなく、何も考えずにすごい人が言ったことに賛同してしまう人が沢山いるということだ。

 

本当にダメなのは何も考えず「いいね」を押した何千の人間である。このツイートのどの部分がいいんだよ。

 

good

 

無名がどれだけ良いことを言っても何の価値もない

 

無名がいくら正論で有名人を叩いても、こんなしょうもないブログで社会を叩いても、何の価値も持たない。川端康成が書いた「うんこ」という(書いてないけど)言葉よりはるかに価値がない。

 

すごい人になってしまえば、何を言っても,、何も自分で考えることができない人々から「すごい」と言ってもらえる。勝手に深読みしてもらえる。

偉い人の言葉それ自体に何の意味もなくても、「偉い人が発した」という点で価値があるのだ。

 

ネットで正論吐いて得意げになってる奴は沢山いるが、何の価値もないから。

皆と声を合わせて「わっしょい!わっしょい!」言ってるだけのようなモンだ。誰にも届かん。無名なうちは。

 

すごい人の言うことすべてに価値があると思ってはいけない

 

Snufkin

ホリエモンのツイッターに何も考えず「いいね」をした人は、他人の言葉に翻弄され続けていくのだろうなぁ。何一つ自分で考えることも、決断することもできない。

 

後世、孔子を学ぶ者は、当時の時代状況を考え合わせて、その教えを取捨選択しなくてはいけない。二千年前の教えをそのまま引き写しにして、明治の時代に実行しようとする者などは、話にならない。

学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)

 

これは「昔の教えをそのまま信じ込んで、実行してはいけない」という諭吉の言葉。「なんでもかんでも偉い人の言葉を信じちゃう人」とはちょっと違う気もするけど、まぁ、同じようなことなんじゃないか。

 

孔子の言うことだってすべてが正しいワケじゃない。昔の教えを今、実行したら問題になることも沢山あるだろう。

 

ホリエモンの言うことも、文豪の言うことも、学者の言うことも正しいことばかりじゃない。崇拝するのは勝手だけど、言うことすべて何も考えずに賛同するのは、良くないことだと思う。

あんまりおまえさんがだれかを崇拝したら、ほんとの自由はえられないんだぜ

スナフキン

スナフキンのように自分を持って、何でもかんでも賛同しないようにしましょう。