「働きたくない」という熱い想いだけは誰にも負けない

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TOEIC900点以上を取って、よかったこと

この前はTOEICを取って、「あまり役に立ってない」とか「嫌なことしかない」とか書いたが、

www.kiyo-hiko.net

 一生懸命勉強して920点取得して良かったこともある。

今回はそれをちょっと紹介。 

 

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TOEICコーナーで調子に乗れる

 

書店ではTOEICコーナーがあるでしょ。やっぱり人気のあるテストだから場所も広くとってある。

その前通ると、立ち読みしてる人がいる。その人を見ると「ふーん、TOEIC受けるんだね。頑張ってねぇ。ふふふ」とかなりの上から目線で調子に乗れる。

だってボク920点だからね。

 

その人が実は東大生でも財務省の超エリートとかでも関係ない。その場では「TOEICスコア」のみがモノを言う。

戦闘力=TOEICスコア、人間力=TOEICスコア、男前度=TOEICスコアなので、そのコーナーでは何に置いてもボクの方が上。あぁ気持ちいい~。

 

 

もし立ち読みしている人が可愛い女子なら、妄想タイムに突入だ。

 

「あ、君TOEIC受けるの?ボク920点だから教えてあげてもいいよ」

「(920点!?やだ、雲の上の人じゃない。ステキ)あ、お時間いいんですか?」

「もちろんさ、(無職だからね)君がTOEICを活かして、将来に役立てることができるなら、ボクはいくらでも時間をかけて教えるよ(無職だからね)」

「(あらやだ、ステキ)じゃあ、お願いしちゃおうかしら♪」

 みたいな妄想だ。どうも女子のセリフがババアっぽいが、ボクはパートのオバハンとかしか接したことがないのでこれ以上妄想の幅が広がらない。

 

てな感じで、書店に行くだけでもかなり楽しめる。これは920点取ったおかげだ。

 

「すごい」と言ってもらえる

 

やっぱり920点はすごい。すごいので、言うと「すごい」と言われる。当然だ。すごいんだから。「すごい」はやっぱり言われると気持ちの良いものだ。

 

初対面でも間髪入れずに言うのが理想。「始めまして、きよひこです。TOEICスコアは920点です!!」みたいな感じに。

さすがに不自然なので、会話の流れから言うようにしている。相手の話など上の空で「TOEICの話にどうやってもっていくか」ばかりを考えている。友達が1人なのも(最近1人減った)、納得のコミュ力である。

 

「すごい」なんて普段中々言われんだろう。TOEICスコア以外で「すごい」と言われたのはゴキブリを素手でつかんだ時ぐらいだ。(「すごい気持ち悪いこの人…」の「すごい」だったと思われる)

 

ハルクでも一撃で葬り去れるような類まれなる腕力や、北欧の小さい国を買えるほどの財力を持ってる場合しか言われないようなこの「すごい」だが、ボクは「TOEIC920点持ってる」と言うだけで「すごい」が頂ける。

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「920点です」。振り向きざま、こんな顔で言うのがポイント

 

これからも沢山の「すごい」を頂けるよう、どんどん言って参ります。

 

洋書読める(日本発売前のやつとか)

 

翻訳されていない洋書も読めるぜ。読書好きでも「未翻訳」のものは流石に読めるまい。フフフ。

だから「好きな本は?」と聞かれたら「未翻訳の本」を挙げていた時期もあった。そこから「TOEIC920点持ってるから読めるんだよね」みたいな話につなげていた。たいして格好よくもない上に、目障りなことこの上ない。すまぬ。若気の至りである。

 

しかし、最近発売された『ハリーポッターと呪われた子』は日本での発売前に読んだ。ハリーポッター好きの店長(60歳前)に「もう読んだん?すごいやん」と言われたことを思い出す。急いで読みたいものでもなかったし、別に日本語版読めばよかったんだけどね。ちょっと優越感を味わえた。

 

英語の動画を見られる(大概は無理)

 

TEDって知ってます?プレゼンテーションの動画なんだけど、これが翻訳されていることはあまりない。


How language shapes the way we think | Lera Boroditsky

↑コレは翻訳されてる。どうせならされてないの貼ればよかった。

 

内容はすごく濃くて、色々な勉強ができる素晴らしい番組である。しかし、ボクは見れる。なぜかというと「TOEIC920点を持っていて、リスニングセクションに関してはほぼ満点だから」だ。

 

と、意気揚々に行ったけど、わかるのは「なんとなく」で、全部わかるわけじゃない。やっぱりネイティブがネイティブに話す英語は聞き取るのが難しい。

 

海外のゲームができる

 

ローカライズされていない海外のゲームもできる。国内版より海外版の方が安い場合、図に乗って海外版を買う事もあるのだが、大概後悔する。

 

なぜかというと、「ゲームに必死で何も聞き取ることができないから」だ。いくらリスニングセクションがほぼ満点でも、集中して聞かないと聞き取るのは難しい。

 

『バイオショック』でビッグダディに襲われている時、落ち着いて英語なんて聴けるはずがないでしょう。まったく。

Bioshock

こんなのが全力で殺しに来る。怖くて英語どころじゃない。

 

血まみれの人間が襲ってこないような、落ち着いたゲームならできると思う。

 

映画が字幕なしで観られる(こともある)

 

映画によるが、字幕なしで観れる場合もある。

英語の難易度によるが、こればっかりは観てみないとわからない。「あっ子供向けだから、字幕なしで行けそうだ」と思ったら、全然聞き取れない時もあり、「難しそうだな」と思ったのが、めちゃくちゃ簡単だったりして、ボクもようわからん!

 

とにかく「洋画が字幕なしで観れる」はウソではないので、自慢はできる。映画好きはコレでイチコロだ。

 

妄想がはかどる

 

英語が全くできない頃と比べたら、英語にまつわる妄想がより現実的に、そして、具体的にできるようになった。

 

海外でペラペラしゃべってモテたり、街角でパンとTOEIC公式問題集を咥えている女子高生とぶつかって恋が芽生えたり、英語好きの幼女の家庭教師を頼まれ、その子のママとズッコンバッコン的なことになったり、という妄想が次から次へと湧いてくる。

 

これは間違いなくTOEIC920点を取ったおかげである。ありがとうTOEIC。

 

洋楽を何回か聴いてりゃ、多少歌えるようになる

 

皆さん日本の曲は何回か聴いていれば、覚えようとしなくても自然と歌えるようになりますよね。ボクは洋楽でそれが可能なのである(ちょっとだけ…)

 

意味はわからなくても、イディオムとか、文節の塊でなんとなく覚えることができるんですな。日本よ。これが920点だ。

 

ボクは発音がそれなりにいいので、カラオケで洋楽を歌うこともある。

盛り上がるかと思いきや全く盛り上がらない。これは「洋楽好き」と「英語が歌える」というダブル自慢が鼻につくからだと思われる。

 

「洋楽歌えたらモテるだろうなあ~」と昔は思っていて、今大概の洋楽は歌えるのだけど、モテない。

なぜかというと「女子とカラオケに行く機会がない」からだ。カラオケでモテたいなら、女友達を作るべきであった。もう遅い。

 

就職で多少有利

 

履歴書に記入された「TOEIC920点」はかなりの存在感がある。ボクのクソしょうもない、見る価値のない経歴がかすんで見えるほどの存在感。もはや後光が差して見える。

 

なので書類選考は結構通る。面接で「なんで英語勉強したの?」にうまく回答することができず(ハリウッドスターになりたかったとは、言えねえ。本当のことなのに…)、モゴモゴすることもあるが、有利なのは変わりない。

brad pitt's picture (vintage) #photography #poster

こんなのになりたくて、英語始めた。

 

でも本当に大事なのは、「人柄」「経歴」である。TOEICスコアで調子に乗っているような奴は受からない。それだけは言っておく(自分に)。

 

「やればできる」と自分のことがちょっぴり好きになり、自信になる

 

最後は真面目な話。努力して高スコアを出したことで、「自分はやればできる」と自信になった。やればできる。しかしやらない」と思い込んでいたボクとしてはかなりの成長である。

 

取得した後もクズなのには変わりないけど、「勉強することが苦ではない」とステータスを付けることができたボクは、以前のボクとは確実に違っている。

 

まとめ

 

妄想とか、本とかゲームとかすべて一人で完結してしまうことばかりで役に立っている。肝心の仕事や実生活であまり役に立っていないのが悔やまれるところだ。