「働きたくない」という熱い想いだけは誰にも負けない

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「言い訳すんな!!」と言って話を聞こうとしない人はダメ

言い訳はすごく嫌がられる。

失敗することはよくあるけど、そのすべて100%が自分のせいかというと、そんなことはないだろう。自分に非がないケースも多々あるはずだ。

 

しかし、「自分は悪くない。なぜなら…」と始めるとすかさず「言い訳すんな!!」というセリフが飛んでくる。

こちらとしては同じ失敗をしないためにも、原因をしっかり追究し、説明したい。内容を知らないまま、聞かずにいることはお互いマイナスになることもある。

なのに何故ここまで言い訳は嫌われるのだろう。

 

 

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「言い訳はダメ」というルールを破るから怒る

 言い訳自体、それほど悪いものだとは思えない。自分に非がないなら、きちんと説明すべき。それは言い訳じゃなくて「説明」だろう。

 

ちゃんとした事情があっても、すべて「言い訳」と区別され、話し出すや否や「言い訳すんな!!」と止められるのは、非常に解せないことである。それを押し切ってさらに説明しようとすると、さらにブチ切れる。

 

言い訳だと判断されたら、それがいかなる真っ当な理由であっても、語ることは許されない。潔く腹を切るしかないのである。

 

言い訳が嫌いな人は、言い訳自体が嫌いなのではなく、「言い訳をすべきではない」という社会のルールを破る行為が嫌いなのだ。

言い訳をすべて禁止していたら、本当の非がどこにあるのか、わかりすらしない。あまり効率的なルールでもなさそうだが、真面目にルールを信じて、効率よりルールを取るのが立派な社会人というものなのだろう。

 

「言い訳」を認めてしまうと怒りのやり場がなくなる

 「お前!!ちょっと来い!!」と部下を呼び出して、叱責を始める。

そこで「自分は悪くない」というしっかりした理由を説明されると、「お、おお…そうか……」となってしまう。怒りの矛先をどこに向けたらいいのかわからなくなるのだ。

違う部下に原因があれば、そいつを呼び出してまた怒ればよいが、大抵は取引先に問題があったり、上の人間に問題があったりする。

 

仮に本人に問題があったとしても、言い訳によって「仕方ねえな…」ぐらいの罪になってしまうこともある。それはそれで怒りにくいものとなる。

そういう時はたいてい問題をすり替えられ、違うことで怒られる。「自己管理が甘い!!」的な。「いや、それは今関係ねえじゃん…」とは決して言ってはいけないのである。

 

言い訳を禁止する、ということは「お、おお…」という感じでデクレッシェンド的に怒りを収めなくてはいけない気まずい感じを防ぐ目的もあると思う。

 

潔く罪を認めて腹を切れ、という美徳

 自分が悪くなくてもすべて「自分が悪い」とするのが、一番潔く、評価もされる。これは大昔から変わらないこと。自分が犯人でなくても、言い訳せず腹を切るのがなにより美しいとされる。

 

幕末の四代人斬りに田中新兵衛(以下、新ちゃん)という人がいる。新ちゃんは人を殺した疑いで捕縛された。自白する前に自害したから、一応新ちゃんが犯人となっているが、本当のところはわからないままである。

 

この新ちゃんが何を思って自害したのかはわからないが、「言い訳するぐらいなら死を選ぶ」と思っていた可能性大だ。それぐらい「言い訳」に対しての嫌悪感は昔から根強い。

 

言い訳は一応最後まで聞いてやればいい

 言い訳には怒りにさらに火を注ぐような、質の低いものもある。それでも一応聞いてやるべきだと思う。クソみたいな理由なら、さらに怒ればいい。

 

それがきちんとした理由で、問題が別にあるなら、解明する必要がある。

 

上で挙げた人斬り事件も新ちゃんが自害したことで終了したが、真犯人が別にいたらどうする?人斬りを野放しにすることになる。(新ちゃんも人殺しまくってたから、結果よかったのかもしれないけど)

言い訳は真相を解明するために必要なことだと思う。それを頭から拒否するのは、良くない事じゃないか。

 

まとめ

 自分が悪くないことを説明するのが何故ダメなのか。全うな理由があるなら、全然ダメではない。

 

ダメなのは「言い訳はダメ」という風潮と一時の感情に支配され、人の話を聞こうとしない、冷静に物事を見れない心の狭さ、余裕のなさ、だと思います。

 

「ワシは言い訳をするヤツが一番嫌いだ!!」と男らしく立派なことを言ってるつもりなのかしらんが、ボクからすればただの「話を聞かない頑固なオッサン」である。