「働きたくない」という熱い想いだけは誰にも負けない

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電子書籍が好きになれない理由

電子書籍が登場して何年も経つが、一向に流行る気配がない。

ボクは活字中毒で本を読んでないと精神的な餓死に至る。しかし、どうも電子書籍だけは読む気になれない。

 

著作権の切れた本なんか(江戸川乱歩、夏目漱石など)タダでダウンロードできて、非常に便利だと思ったのだが、ボクのキンドルはほとんど引き出しの中で眠っている。

 

どうして電子書籍が好きになれないのか、真面目に考えてみた。

 

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 ボクのキンドル。オシャレでしょ。使ってねえけど。

 

読んだ後の達成感がない

 読書の良いところの一つに「読了後の達成感」というのがある。「ああ、こんな分厚い本を読んだのかあ…」と感慨深くなると同時に自分を褒めたくなる、本を読んだ後はそんな爽やかな気分にさせてくれる。

 

しかし、電子書籍にはその達成感がない。

 

何故かと考えてみると、本の厚みというか、重みというか、そういうのが感じられないからだと思う。

例えば司馬遼太郎の『竜馬がゆく』は全部で8巻あり、横に並べると結構な長さになる。この長さ、厚み、本棚に並べた時の存在感、それが増せば増すほど読了後の達成感は大きくなる。存在感と比例して達成感も大きくなる。

 

しかし、電子書籍だとこの長さ、厚みはただの数字で片づけられる。「何巻のこのページですよ~何百ページ読みましたよ~」という文字が画面に出てくるだけだ。これでは存在感がありようがない。

 

吉川栄治のすべての作品を300円くらいでダウンロードした。これが紙の本になると大きい本棚すべて埋まってしまうくらいの量になる。ものすごい存在感だ。

 

一方、電子書籍はデータのみである。まあ「存在感がない」というのはボクにとってはデメリットなのだが、多くの人にとってはメリットなのだろう。場所取らないし。

 

電子書籍で紙の本を読んだとき並みの達成感が得られるのが一番だが、ボクには到底無理だ。

 

いくらIカップくらいの巨乳であっても画面の中と実際に横にあるのとでは全く違う。実物は存在感が半端じゃないし、ムラムラしたら揉むこともできる。「場所取るから」という理由で巨乳を退けるのはあまりにバカらしい。

電子書籍と紙の本ではそれくらいの違いがあるのだ。

 

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 この存在感が良い。『竜馬がゆく』はそういや随分前に処分したんだった。すまぬ。

 

スッと見たいページに行けない

  紙の本なら、スッと本棚から取り出してページを繰れば良いだけ。しかし電子書籍はすぐに見たいページに行けないのだ。大書になると読み込みが遅くなるので、時間がかかる。

「どこだったっけなあ~」とここでもない、あそこでもない、とパラパラページをめくることができない、というのは非常にボクにとってはイライラする部分である。

 

線引けない

 本は汚しながら読むタイプ。3色のペンを使って線を引きまくる。書き込みまくる。これがボクの読み方。電子書籍はそれができないことはないけど、紙の本に比べたら、非常に引きにくい。書き込みにくい。

少し話は変わるが、学校の授業でタブレットを使用するとか言ってるが、あれだと書きにくくないか?

 

あまり安くない

 電子書籍がいまいち流行らない最大の理由はコレだと思う。

新刊でも紙の本より半額くらいになるなら、電子で読もうとも思えるが、あんまり安くないのだ。せいぜい100円200円くらいである。

これなら後で売却することも考えたら、紙で買う方がずっとオトクだ。

 

印刷代とか人件費とかかかってないから、もっと安くできるはずなんだけど。色々事情があるんだね。

 

売れない。寄付できない。

 紙の本は読んだ後、大概邪魔になる。何回も読む本でなければ、すぐに処分することになるのだが、データだと消すだけ。

紙の本だとブックオフに売ったり、図書館に寄付したりできる。電子書籍だと邪魔になった本は何の役にも立たないが、紙は少々の金にもなるし、違う人に読んでもらうこともできる。

 

「自分のもの」になった気がしない

 ボクが電子書籍が好きになれない最大の理由がコレだ。

 

友達に借りた音楽やレンタルショップで借りたCDよりも自分で買ったCDの方がよく聴くし、好きになる可能性も高い。

高校時代、友達にエルビス・コステロのベストを借りたが全然好きになれなかった。しかし、何年後かに同じCDを自分で買い、自分のものにした結果、すごく好きになった。という経験がある。

これは自分の金で買ったから、値段分はしっかり楽しもうと思えるから、というのもあるが、やっぱり自分のものにすることで愛着が湧く、というのが大きい。

 

どうせならコステロじゃなくて、本を例に出したらよかった。まあいいや。

 

電子書籍ではお金を出してダウンロードしてるから、「自分のもの」になったはずなのだが、何故か愛着が湧かない。

データなので、消えたら手元からなくなるというのもあるし、実物がない、というのもあると思う。なんせ自分のものになった気がまったくしないのだ。

 

Iカップの巨乳も、いきずりよりは自分のもの(彼女)にしてしまった方が愛着が湧くし、丁寧に揉めるだろう。それと一緒だ。一緒か?

 

まとめ

 本と巨乳は実物に限る。