「働きたくない」という熱い想いだけは誰にも負けない

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【こんな男はダメだ】満員電車に駆け込み、ケツから乗車する

会社員時代、御堂筋線で通勤していた。朝の8時台の御堂筋線は乗車率150%、もはやネズミの1匹すら乗れない状態であり、サラリーマンは朝から厳しい戦場を潜り抜けることを強いられる。

 

ボクは比較的混み具合がマシな「新大阪行き」をホーム入り口の近く、電車の先頭当たりで待つ。早めに行き、待つことで席を確保していた。

周りは押しあいへし合いの地獄なのだが、ボクは優雅な読書タイムである。こんな所でも格差問題が露呈するのである。まあ早めに行けば、いいだけなんだけどね。

 

ボクが乗るのは「新大阪行き」なので、先にホームに着いている「千里中央行」には乗らないのだが、そこで満員電車上流階級のボクはすごく目障りな光景を目にしていた。

乗車率150%でどう考えても乗れそうにない「千里中央行」の先頭車両にドンドン人がケツから乗り込むのだ。

 Many

 

一本早めるか、遅いの乗るか、ということが何故できんのでしょーか。

 

ケツからグイグイ入っていく、その積極性、仕事に活かせんのでしょうか。と思ったが、それより「次のやつ乗れよ」と思うのである。

 

一本遅らせたところで、5分も経たないうちに次の電車が来るんだから、それに乗ればいい。それでも満員なのには変わりないが、ケツから乗るよりまだマシである。周りにも迷惑はかからない。

それか早く起きて、一本早いの乗るか、とかね。それでもこういう奴はどうせケツから乗んだろうけど。

 

それにしてもあんまり急ぐことのないボクからすれば全く理解に苦しむ行動である。5分出社が遅れたら何なの?誰か死ぬの?子供でも生まれそうなの?何なの?マジで。

 

ちょっと理解に苦しむが、ケツから乗車男の言い分も考えてみた

 

 人の気持ちなどいくら考えてもわからん。普段から人の気持ちを考える事のないボクであるが、ちょっと妄想力を働かせ、ケツから乗車男の言い分を考えてみた。

 

 

待つのがイヤ

 

ただただ「待つ」という行為がイヤ。全く急いでもないのに、信号が変わりそうならついつい走ってしまう。とにかく待つという行為は皆、嫌いなものである。

 

だから、ホームに電車が到着していて、もうすぐ発車するという状況だとついつい走ってケツから乗り込んでしまう。別に急いでないのだが、「待つのがイヤ」という本能から身体が勝手にそうさせてしまうのだ。

 

都会(特に大阪)のビジネスマンはとにかく「急げばええんや」と思っているので、この「待つのがイヤ」は性格的なもの、結構どうしようもない問題である。

 

いつもギリギリ出社

 

毎日ケツから乗り込んでいる奴はそれに乗り遅れると「遅刻する」という、朝からスリリングな状況に陥っていることも考えられる。己の不摂生が主な問題である。早く起きろ。

と言いたいけど、すごくブラックな職場で「昨日も3時間しか寝てません」という状況ならちょっと可哀想にもなってくるが、そんなことは周りの人からすると関係のない話である。

 

ブラックで死にそうになっていても毎朝ケツから乗車してくる奴は、すでに乗り込んでいる人にとってはやっぱり「ケツから乗車してくる男」なのである。

「ブラック企業に勤めていて、碌に睡眠が取れなくて仕方なくケツから乗り込んでくる男」では断じてないのである。事情がどうあれ、やっぱり迷惑なものは迷惑だし、カッコ悪いものである。ケツへのダメージも計り知れない。

 

ケツから乗りたくない人へのマインドセット

 

 ケツから乗り込む人は「どうしてもケツから乗り込まないいけない状況」ではない。別に次の電車でも問題ない人が大半である。

ケツから乗るか、チ○ポから悠々と乗るか、要は気持ちの問題である。

 

「急がない、ゆっくりする、楽をするためにはどんな手も使う」というダメ男のプロのボクが、迷惑な「ケツから乗車男」を卒業するためのマインドセットを紹介する。

 

 

せかせかすると余計なストレスが溜まると自覚する

 

「朝の過ごし方はその日一日に影響してくる」とよく聞くよ。あなたが仕事中もせかせかせかせか、ゆっくりする時間も取れず、イライラするのは、朝イチの「ケツから乗車」が影響しているのかもしれない。

 

落ち着いて仕事をするためにも、もっと早い電車に乗りゆっくりすれば、ストレスもかからないし、落ち着いて仕事できるんじゃないかい。

 

ちなみにボクは常にゆっくりで落ち着いて仕事はできていたけど、成績には繋がらなかったね。朝の過ごし方は我ながら良かったと思うけど、能力が大変乏しいのが、残念であった。ダメだね。ホント。

 

周りへの迷惑を考える

 

ケツから乗車はかなり迷惑だ。もうすでに乗っている人側からすれば

「もう無理!!もう無理!!マジで無理やから!!乗れんから!!もう!!アァァァァまだ乗ってくるんかい!!オッサンの息がかかる!!ドブを一晩丁寧に煮込んだような息が!!オエーーー!!まだ乗るんかい!!もうええ!!はよドア閉めろ!!また乗ってきよるから!!ほらまた乗る!!オエーーーー!!」

みたいな感じなのである。

 

ケツから乗車は後から来たにも関わらず、比較的楽なドア側に陣取ることができる。こいつが乗る事ですでに乗っている人は隣のオッサンとさらに密着することになるのだが、それより「最後に来たのにいい位置取りやがった」ということが許せないのである。

 

オッサンへの密着度(隣が姉ちゃんならグッジョブである。冤罪は常に覚悟している)、いい位置を取りやがったという恨み、妬み、嫉み。

ケツから乗車男が乗ることによって、この二つのマイナスがあちこちで発生する。それはもう、ものすごい迷惑なことだと自覚しなければいけない。

 

読書する時間が取れると考える

 

「待つのがイヤ」な人にはこの考え方がオススメ。ボクは希望する電車に乗れなかった時はこう考えるようにしている「やった。本読む時間が取れる」と。

 

日ごろ、忙しくて読書する時間は中々取れないと思う。だからこういう待ち時間くらいしか読む時間はないと思って、待ち時間は積極的に勉強や読書に充てるべきである。

 

 

「貴重な読書時間が取れる」と思うと待ち時間は自分にとってプラスでしかない。どうせ早く会社にいっても、しょうもない上司の話に付き合わされるだけである。ちょっと次の電車を待って、読書に充てましょう。

 

カッコ悪いことだと自覚する

 

ケツだけ乗車は非常に格好ワルい。これは誰が見てもそうだ。

 

ケツだけ乗車から連想されるイメージにはこんなものがある。

「余裕がない」「朝起きられない」「社畜」「仕事ができなさそう」「エレガントじゃない」「モテなさそう」「話が面白くなさそう」「だらしなさそう」「嫁のケツにしかれてそう」「部下にクソみたいな武勇伝聞かせてそう」……

 

挙げればキリがないが、とにかくケツだけ乗車=とても格好ワルいとだけ自覚すればいい。男なら格好つけたいですよね。モテたいですよね。じゃあやめましょう。

 

仕事のできる人ほど落ち着いている、と考える

 

場の空気を変えてしまうようなオーラを持った超一流の教授ほど、すべての動きが「ゆっくり、落ち着いている」ということです。

「ゆっくり動く」と人生が変わる (PHP文庫)

 

ボクもいろんな人を見てきたが、「この人すごい」と思うような人は皆ゆっくり、落ち着いて仕事をしていた。

逆に「なんだコイツクソが」と思うような人は皆、「あー忙しい」とせかせかせかせかしていたような気がする。

 

落ち着いているから仕事できる、というわけでもないけど「落ち着かないと良い仕事はできない」というのは真実だと思う。

そう考えると朝からすでに落ち着きのない、ケツから乗車男はそれだけで「仕事ができない」と判断することができる。

仕事のできる人になりないなら、落ち着け、そしてケツから乗車をやめろ、ということだ。

 

まとめ

 

 落ち着きたいなら、まずケツから乗車をやめる。すべてはそこから始まる。