「働きたくない」という熱い想いだけは誰にも負けない

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社会不適合者がボーリングを毛嫌いする理由

ボーリングが嫌いな人は多いと思う。

ボクもあの球ころがしが死ぬほど嫌いである。ボクだけでなく社会不適合者は基本的にボーリングが嫌いだと思う。

普通の人は「なんで?すごく楽しいのに」と思うかもしれないが、球を転がすこと自体には何ら問題はない。ちょっと重たいのが不満だが、それは些細なこと。

ボーリングの何より嫌いな点は行為そのものより、ボーリングをすることで作られる「雰囲気」「環境」が嫌いなのだ。

ボーリングに何のためらいもなく参加できるかどうかは社会に適合できるかどうかのバロメーターにもなる。

 

Strike Watch

 

カンカンうるさい

 

社会不適合者は基本的にうるさいところが苦手である。ゲームセンター、カラオケもダメなのである。一人で過ごす時間が多すぎるため、急な大きい音に適応できないのだろう。

うるさいスポットの中でもボーリングのうるささは格別である。レーンが沢山あり、あちこちで「カーンっ!コーンっ!」とすごい音がする。

「あの音がいいんだ」と思う人もいるかもしれないが、他人の出した音はすべからく嫌いなボクみたいな人間にとっては、かなり不快な音である。

 

無理やりチームを組まされる

 

 社会不適合者はチームプレイができない。というかチームというものを毛嫌いしている。

それは一時的に「仲間を作る」ということであり、ある程度の「コミュニケーションが要求される」ということである。RPGはファンタジーであるが、一番のファンタジーな部分は「仲間をつくる」という部分である。モンスターは社会にも沢山いる。

 

社会不適合者(コミュ障)にとっては「チーム」と聞くだけで鳥肌が立つのだが、残念な事に、複数人で行ったボーリングでは無理やりチームを組まされることになる。

別にオフサイドトラップやサインプレイなど密な連携を要求されるワケではないが、最低限「勝ったら喜ぶ」「負けたら悔しがる」「投げる前の応援」ということをしなければいけない。

 

 

勝とうが負けようが地元のバレーボールチームの勝敗ぐらい興味がないので、無理やり笑ったりするのも辛いものなのである。

 

楽しまなければいけない空気がイヤ

 

 ボーリングへ行くと、「楽しまなければいけない」という空気になる。ストライクを出せば喜び、ハイタッチをし、ガーターを出せば「ドンマイ」などの慰めの言葉をかけないといけない。これがあまりに苦痛なのだ。「空気に合わせて、リアクションを取る」という事がどうしても苦手なのである。

 

そもそも1ミリも楽しくない上に空気を読んで盛り上げないといけない。こんなしんどいスポーツが他にあるだろうか。正直手足に鎖を付けられたまま走るフルマラソンの方が100倍マシだ。

 

 下手なボクでもたまにストライクを出すこともある。しかし、まぐれでピンがたまたま10本倒れただけで一体何がそんな嬉しいのか。喜ぶフリをしないといけない分、全く嬉しくない。

だからストライクを出すくらいなら5本とか6本だけ倒して、嬉しくもなければ、悲しくもない、中途半端なスコアを出す方がマシなのである。

実際ボクはストライクやガーターを出さないように努めていた。

 

ボクにとってボーリングというスポーツは「できるだけ感情を出さないで済むような中途半端なスコアを狙うゲーム」なのだ。感情をできるだけ出さないことが勝利なのである。ある意味ハイスコアを出すより難しく、これほど達成感のないゲームはない。

 

まとめ

 

ボーリング嫌いの人にとって、本当の勝利は「ボーリングの誘いに乗らないこと」である。それは「付き合いが悪い」という評判を受け続ける覚悟を試され、すなわち自分との死闘である。

勝てば大きく成長でき、負ければ己の時間と気力を失う。この戦いに打ち勝つには日ごろの自己鍛錬が必要なのであり、今週末にボーリングに誘われそうなら、多くの幕末志士が読んだとされる『言志四禄』を読破し、自分を鍛えることをオススメする。

 

座右版 言志四録