「働きたくない」という熱い想いだけは誰にも負けない

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【こんな男はダメだ】口が多い

コミュニケーションというのは色々な効用があるらしいが、ボクにとっては無駄なことでしかない。

楽しい話をして機嫌がよくなることもないし、相手から有意義な情報を得ることもない。と感じている。

 

だから基本的に地蔵のごとく喋らない。そんなボクだから「口の多い男がダメ」だと言ってると思われがちだが、そうではない。

 

口の多い男は誰にとっても普遍的に圧倒的にダメだと思う。

 

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口が多い奴の特徴

 

口が多い奴というのは、嫌われがちだ。

なぜ嫌われるのか、理由がある。

 

 軽く見られがち

 

 最近は「ジェンダーフリー」なんてよくわからん言葉が流行っているが、ボクの考えとしては昭和のオッサンのごとく「男は男らしく」という考えの持ち主だ。

もちろんLGBTはその限りではないが、普通の男は男らしくあるべきだと思う。どんどんちゃぶ台はひっくり返すべきである。

 

なので男にとって「軽く見られる」というのは致命傷だと思うのだ。

 

なぜ軽く見られるのか?というと、ドッシリしている男というのはあまり喋らない。

ケンシロウは「男らしい」の代表格だが、彼がめちゃくちゃ話している所を想像してほしい。

一気に「軽い男」になってしまうはずだ。昨日食べたラーメンのスープについて詳細に解説しているケンシロウなんて嫌だろう。

 

感覚的な問題なのだが、やっぱり口が多い男は軽い感じがする。

 

 

信用されない

 

「コイツに秘密を話したら、すぐに広まるのではないか」と思わせるのが、口の多い男である。ベラベラベラベラベラ喋る男に秘密を語ろうとは決して思わない。

 

だから圧倒的に信用されない。口の多い営業マンが売り上げを上げられないのはこれが原因である。

 

ボクの前の後輩も非常に口の多い男だった。客先へ行っても相手の話を聞くことはなく、自分の話ばかりをしている。

何度が立ち会ったことがあるのだが、途中で話を切り上げられ、契約に至らなかったことが多々あった。注意してもやっぱり喋るばっかりで反省すらしない。

 

話の内容に中身がない

 

 口の多い男は情報のアウトプットが多いとも言える。しかし、インプットも特別多いワケではない。だから普通の情報を薄めて薄めて、引き延ばして引き延ばして話をする。

 

だから話の内容がうっすいし、面白くないのである。原液カルピスも薄めれば薄めるほど出せる量が増えるが、飲まされた方はたまったもんじゃない。クソ不味いカルピスを延々と飲まされて、満足できるハズがない。

 

その辺からネタを沢山拾ってくるのは良いが、きちんと自分なりに面白く加工してから話せ。でも、そういう奴の加工など大したことはないので、やっぱり黙っとけ。

 

興味のない雑学をよく語る

 

口の多い営業マンによくありがちなのが、「雑学ばかり話す」ということ。

雑学の多さ=教養がある

と思っているフシがあり、本やネットでの雑学習得には余念がない。

 雑学は比較的覚えやすく、皆興味があると思っているみたいだが、おそらく多くの人は自分以外に関わりのない雑学など微塵も興味がない。

「へえ~そうだったんですか~。よく知ってますね~」というのは興味のない雑学を聞いた時の常套セリフである。このセリフが出てきたらさっさと雑学披露は切り上げるべきだろう。

 

雑学は「相手を楽しませるため」というよりは「自分の知識を披露するため」という意味合いが強く、聞いている方も非常に不快なのである。

雑学はここぞという時以外、披露するべきではない。

 

付き合っていて単純に面白くない

 

人は基本的に話好きらしい。誰もが自分の話をしたい。だからしっかり話を聞いてくれる人は付き合っていて気持ちがいいし、なにより楽しい。

しかし、口が多い男はそのことに気が付いていない。「自分の話は相手を楽しませている」と思い込んでいる。

 

 自分の話で相手を楽しませることができるのは芸人ぐらいだと思った方が良い。

「会話のキャッチボール」という言葉があるように、話したり聞いたりするのが、コミュニケーションであって、一方的に話をするのはただの「漫談」である。しかも全然面白くない。こんな奴と付き合っていて面白いワケがない。

 

愚痴が多く、疲れる

 

アウトプットが多いと、ネタがなくなってくる。すると自然に愚痴になる。

愚痴というのは話している方はスッキリするが、聞いている方は暗澹たる気持ちになってくるし、面白くないし、いちいち共感しないといけないから疲れる。

 

愚痴を聞かされている方は「悪いのオマエだろ」と思うことは多々あるが、一応共感しておかないと反論が来ても面倒くさいので、仕方なく共感しているのである。

愚痴は相手に「共感の強要」も押し付けてしまう、非常に迷惑なものなのだ。

 

これはもう会話の暴力である。グーパンチという物理攻撃に出ても問題ないのではないか。と思うくらい腹の立つ行為だ。

 

沈黙がなく、しんどい

 

前の上司は口が非常に多かったが、理由は「沈黙が恐い」かららしい。

それは話をしている人の勝手な理由であり、だから相手に話をさせる、ならまだしも自分が話しをしまくっていい理由にはならない。

 

ボクはほとんど喋らない、と言ったがそれは営業中でも同じことで、客先に行ってもあまり喋らない。

沈黙が訪れても「他人同士、途切れることなく会話が弾むことはありえない」と思っているため、なんとも思わないし、これが真実だと思う。

 

だから2人でじ~っとテレビを観ていたこともある。営業中である。

 

ひとしきり観た後、そのお客さんから出てきた言葉が「じゃあそれ買うわ」だった。

ベラベラ話すだけが営業じゃない。それが実感できた良い経験だった。

 

存在価値はあるけど、主役にはなれない気がする

 

ドラマ、漫画、映画、を見ていると口が多いお調子者キャラというのは絶対に出てくる。

出てくるのだが、間違いなく主役ではなく、脇役だったり主役の相棒役だったりする。主役を引き立てるのが、口の多いキャラである。

 

このことを考慮すると口の多い人は主役級の存在には決してなれない、ということだ。一回しかない人生、脇役で終わってもいいのか。

 

子供の時、ドラゴンボールごっこをすると、悟空や悟飯は大概取り合いになるが、ちょっとぽっちゃりの友達、M君は「オレ、ピッコロでいい」と言う。

 

ピッコロというと活躍するのは登場した時とフリーザ第二段階と闘った時、あとは人造人間17号と闘った時くらいで、後はずっと地味なのである。必殺技の魔貫光殺砲は地味な上、発射するまでやたらと時間がかかり、非常に使い勝手が悪い。

 

ピッコロを選んだM君は皆が死闘を繰り広げている間、ただただ額に指を当ててじっとしているのみである。満を持して発射しても大概かわされる。

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貫通して死ぬのが、皆イヤだからだ。じっとすることを強要されたうえ、勝利することは決してない。ごっこで選ぶと何一ついいことがない、それがピッコロというキャラなのである。

 

「自らピッコロ選ぶなんてなんて良い奴なんや…」と当時はしみじみ思っていたが、今思えば「M君それで良かったのか…」という感じである。

 

口の多い男というのはこのM君のごとく「自らピッコロ役を選んでいる」行為だといえる。

本当にそれでいいのか?とボクは声を大にして言いたいのである。

 

まとめ

 

口の多い男は間違いなく損をしている。どこかで舐められている。しかし、周りを引き立てるためには必要不可欠な男であることも、また間違いないのである。

自ら脇役に徹してくれている口の多い男は、メンドクサイ存在ではあるけれども、感謝すべき存在でもあるのかも知れない。