「働きたくない」という熱い想いだけは誰にも負けない

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仕事を辞めた

仕事を辞めた。半年で。

土日祝休み、給料も良い、そこそこ大きく安定した会社で営業として働いていたが、スパッと辞めた。

 

なぜかというと、ボクは営業に向いていないと確信したからだ。

ボクが思う営業の資質というのが

『人と接するのが苦にならない』

『向上心がある』

『人に喜んでもらうのがうれしい』の3点。

 

ボクは今回の会社でこの3点どれも満たしていないと確信できた。そういう点では非常に有意義な時間だったと思う。半年で辞めたからと言ってバカにしてはいけない。

 

前の会社では2年くらい営業を続けたが、「人が好き」だから続けれたのではなく、「一人が好き」だから続けられたのだと改めて思った。

「よく営業に行く奴だ。関心関心」と思われていたようだが、ボクはただ会社の連中から一刻も早く離れたかっただけであり、客先を禄に回らず、サボってばかりいた。

サボりの時は当然一人きり。その時間が仕事のやりがいにつながっていた。「早く仕事を済ましてサボろう」と。

 

注文を取っても「めんどくせー」としか思わなかったし、喜んでもらっても全く嬉しくなかった。

ホメられても、出世しても全く嬉しくない。

こんな小さい会社で出世して一体なにが嬉しいのだろうと常々思っていた。

 

「出世だけではない。働く事で人間として成長できるのだ」

みたいなことも良く言われるが、そのセリフを吐く人自体尊敬ができなかったので、何の意味も持たなかった。

働く事で成長できるなら御堂筋線に乗るサラリーマン皆素晴らしい人間ではないとおかしいハズだが、あの死んだ目で女性、お年寄りをブッ飛ばして席を確保する姿を見ると「やっぱり労働で成長なんてできないんだなあ」と思う。

 

ボクは営業マンをするにあたって「成長」というのは非常に大事にしてきた事だが(めっちゃサボってるけど)これではとても成長なんて望めない。

というか、成長してどうすんの?その先が見えない。

別にすごい発明ができるワケでもなし。コミュニケーション能力とか部下を動かす力とかどこにでもあるような能力をせっせと高めてこの先何の役に立つのか。

 

そう考えると一日10時間近くも会社に奉仕するのが、バカバカしくなってきた。

その上その時間はかなりの苦痛だと来た。もうやってられん、とすべてを投げ出し、辞めてきた。

転職も決まっておらず、何の収入もない。

 

はっきり言って社会不適合者の考え方、行動だが、これで良いのである。

自分は社会不適合者だと気づけただけで良かった。

さあ、これからどうしよう。とりあえず「働きたくない」ので、自分の貯金が尽きるまでダラダラしてみようかと思う。

 

その期間に何かが覚醒して神の声が聞こえたり、オーラが見えるようになることを期待している。