「働きたくない」という熱い想いだけは誰にも負けない

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自分がなくなっていく

30歳で転職した。今までフリーターと個人商店みたいな会社でしか働いた事がなく、ビジネスマナーとか常識とか全く身につかないまま今に至ってしまった。

 

なので今は30歳というそこそこのオッサンなのに社会人としての基礎的な事を叩きこまれている最中である。

 

 「もっと話せ」「もっと空気を読め」「もっとハキハキ話せ」「キビキビ動け」

 

 ボクは営業マンにも関わらず、話すのが非常に苦手である。社内のコミュニケーションも禄に取る事ができない。動きも遅い。話し方も非常におっとりしている。

別にこれらの事を直そうと思えば直せるのだけど、あまり直す気がない。

 

 というのも直す必要性を感じないからだ。ハキハキした営業マンなど、今の時代通用するのか?というのが正直な気持ち。

 早くキビキビ動いて良い事があるんだろうか?早く動く事で一体何秒の節約になるんだろうか?

 周りへのアピール、と言った側面もあるだろうけど、少なくともボクは早くキビキビ動くような奴を見ているとイライラしてくる。

 

 個人商店で働いている時もこのおっとりした話し方、動き、でどうにか結果を残してきたし、それで自信をつけて、今のそこそこ大きい会社に来たのだ。

 なのに今までやってきたことを全否定され、矯正される。全く別の人間になっていくようだ。

 本来の自分から離れていく。無理して社会人を演じるのがこれほど辛いものなのか、と思った。

 

 社会は厳しいと思う一方、正直「アホらしい」と思う。

 皆「これがすべて正しい」と言った態度で接してくるけど、うわべだけのビジネスマナーばかり身につけてなんと中身のない奴が多いか。

 

 電車で皆を押しのけて席を確保しようとするような奴になぜ「水割りを作るタイミング」で昏々と説教されなくてはならないのか。「社長が二軒目に行きたがってたのに、誘わなかった」と怒られなくてはならないのか。

 行きたかったら、「行きたい」と言え。それを言わせず空気を読んで誘うのがビジネスマンとしての成長と言う事なのか。

 

 自分を無くして「社会人はこうあるべき」という人間になっていく。皆と同じような人間になって結果を残せるのだろうか。

 

 「立派な社会人」になるのが、人間の成長という事なのだろうか。傍から見ていると立派な社会人になった結果待っているのは「朝から晩までの労働」と「少しの給料」という割に合わないものだけだ。

 

 ホント、働きたくない。